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2013年 01月 01日
![]() 12月は大晦日を除けば1日しか休めないという、まあ例年どおりのていたらくなのですが、近年でも群を抜く忙しさでした。 そして、元日早々に仕事しております。考えてみるまでも無く、遊んだりライヴ行ったり映画や芝居観たりするのが楽しいのとまったく同等に、仕事するのが楽しいからだな、だからやってるし、だから休めなくても疲れはてても苦にもならず飽きもせずに続けていられるんだろうな、と思います。 仕事も遊びも隔て無く楽しめる性分で良かったし、楽しめるものを途切れず与えていただけて嬉しい。退屈がなによりきらいな私と、皆さま今年もどうぞよろしく遊んでやってください。 2013年のはなびらは、昨年と同じくたねやさんのもの。 おいしかったです。 では、仕事に戻ります! #
by red_95_virgo
| 2013-01-01 14:51
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2012年 12月 18日
2009年、2010年、2011年、そして2012年につづいて、来年もやっぱりpaperblanksさんとのおつきあいはつづく。
来年はこちらのおかた。 Genesis ![]() ![]() ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷術を発明したのは15世紀。四十二行聖書が生まれ、それまでは一字一句注意深く写本されていた書物の歴史が一変し、世界的に有名な二巻本のラテン語聖書であるグーテンベルク聖書が誕生。 今年のSeraphimさんはたいそうな別嬪でした。 来年も、ちょっと古風にきれいなひとで、嬉しいです。 グーテンベルク聖書のほんものは拝見したことがないですが、画像を見る限りではいきなりお花が蔓をのばして咲き乱れたり、そこへ鳥が飛んできたりして、どうしてこのような装飾が必要だったのかよくわかんないのですが、 「最愛のものならば、闇雲に荘厳したい」 という徒な想いばかりは直球で伝わってくる。 そんなかんじです。 #
by red_95_virgo
| 2012-12-18 20:07
| 腰巻横町便
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2012年 11月 02日
長年使っていた白い琺瑯のポットですが、持ち手のところがだめになってしまっているのに昨夜いきなり気づき、かねて憧れであった野田琺瑯さんのポットを買いました。昨夜ぽちったのにもう届いた。密林はええ。
![]() 「ポトル」という名前です。 白がいいなと思ってたんですが、ちょっとヴィヴィッドなものがほしい気分だったので空色にしてみました。存在感あります。台所きれいにしてから使おう。しかし琺瑯はやっぱり良いね。野田琺瑯さんとこのスプーンとかピッチャーとか洗面器のかわいさとか尋常じゃ無いです。あれもこれもほしくなる。 #
by red_95_virgo
| 2012-11-02 11:28
| 腰巻横町便
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2012年 10月 03日
を、在宅でやってます。
「校正とか校閲とかって、机の前に座ったっきりで、赤ペン1本ありゃできるんでしょ」 とかっつう認識の奥さんがいまだにおられるんですがちょっとそこ正座してくれ。 自分が請け負うお仕事は、「赤字照合+素読み+事実確認」の3点セットであることが多い。そのうち赤字照合と素読みはおうちで、机の前に座ったっきりでできますが、「事実確認」はそうはまいりません。 「事実確認」とはなにか。 文字どおり、著者先生がお書きになっていることが事実であるかどうかを調べ確認すること、です。 手持ちの事典・辞書類やネットだけで調べがつく場合はおうち作業で済みますが、他書からの引用がある場合は、原典と一致しているかを確認しに図書館に行きます。 ゲラをいただくと最初にするのはノンブルや柱や見出しのチェックです。 次いで、原稿(もしくは初校など)の赤字がゲラに反映されているかどうかを確認します。 そして、他の著作物からの引用がある箇所を探し、付箋を立てます。 最寄りの図書館のHPで蔵書検索して、書籍タイトル・所蔵館・収蔵場所(階数、開架か書庫か、など)・ラベル記号・書誌番号(書庫資料を出庫してもらうときに必要)をリストアップします。だいたいここまでが1日目の作業。 リストアップを素読みに先んじてするのは、蔵書があっても貸し出されてしまう場合もあるからで、なんかちょっとやばそうだなと思ったら(そのへんは野性の勘)先に予約をしてしまいます。 最寄り図書館になくて市内の他の図書館にある場合は、最寄り図書館で閲覧できるようにお取り寄せ予約をお願いするか、蔵書のある図書館までてくてくと出向きます。 めあての本が無かったり、貸出中だったりした場合は、納品時に「本が入手できなかったため事実確認ができませんでした」とご報告します。ほんとうにきっちりなにもかも全部綿密に調べるんだったら国会図書館まで行け、ということになりますが、事実確認に対して校正者に支払われる時給には上限がある。 「○時間内で調べられる範囲で結構です」とか、「○時間を大幅にこえるようでしたらご一報下さい」とか、依頼時にいわれたりします。 つまり、そこまでクソ丁寧にじっくり時間(=時給)かけていただかないほうがありがたい、ということです。そういう場合はご指定の時間内で、できるだけの成果を上げるように努力します。 調べものをするときは、開館時間から閉館時間までを(ひるめしは抜きだったりバランスアップ的なもので補給したりして)図書館のなかで過ごします。 中学・高校と図書委員を務め、いっそ図書館に棲みたいと思い詰めるくらい図書館だいすきな自分なので、図書館という場所に一日いられるだけで楽しく幸せなのですが、「調べもの」が加わると楽しく幸せなばかりでもおられません。 先日は、「1970年代から2000年代にわたって発行された6紙(五大紙+東京新聞)のなかから著者先生が引用された箇所を見つけ出し、突き合わせをする」という作業をやっていました。 新聞の縮刷版というのは、1年分を1冊に文字通りぎうっと縮刷してるんで、文字がちっちゃくみっしり詰まっていて読みづらく、引用されてるくだりを探しだすだけでも大変です。 だがそれ以前になにしろ重い。 ぎうっとしてるから。 新聞1部は軽いです。しかしその軽い1部が1年分まとまった縮刷版は、江戸時代の拷問・石抱の石1枚にも匹敵するかっつう重さ。ぎざぎざの木の板に座らされて新聞縮刷版4冊足の上にのせられて「きりきり白状してしまえー」といわれたら、たまらず吐いてしまいます旦那。 自分の場合、すごくがんばってもいっぺんに4冊(4年分)しか持てません。 縮刷版がある書架からいちばん近い閲覧席をキープし、書架と席を往復して(何度往復したかはもはや記憶に無い)、極小の活字を追う。 まだ縮刷版になってなくて、でも既に書架から撤去されている新聞は、書庫から出してきてもらいます。その場合、「2012年○月○日の東京新聞の朝刊を出してください」というピンポイントな出庫指定はできない。「2012年○月1ヵ月分の朝夕刊」というまとまりで出していただくしか無い。ビニール紐で括られた1ヵ月分の新聞紙がこれでもかと出ます。必要なのはそのなかの1日の号のたった数行であったとしても、有無をも言わさず全部出ます。 まのあたりにすると絶望してちょっと意識を失いかける。 出してくださる図書館員さんも大変だったでしょうお疲れさまですありがとうございますと感謝しつつ、それ10束ぐらいワゴンにのっけて(総重量何キロとかもはや考えたくない)、閲覧席まで力いっぱい押していきます。 紐をほどき、目的の号を抜き出し、該当する記事の引用部分を探しだし、突き合わせをし、必要な場合はコピーを取り、再びもとどおりの位置に入れ、紐で括る。 まる一日新聞と格闘し、閉館時刻になるころには手も足も腰もがたがた。新聞のインキで手をまっくろにして、おなかぺこぺこで、とぼとぼと家路に就きます。 時まさに灯点し頃。行きつけの図書館から駅までは野毛の飲み屋街。ステキなバーや居酒屋が軒を連ねています。ああいっぱいひっかけていきてえなあともりもり思う。でも事実確認の成果をまとめ直して納品の準備をしなきゃなんないので、目をつぶって駅へと急ぎます。 「机の前に座ったっきりで、赤ペン1本ありゃできるんでしょ」どころじゃねえんだよということが、そこの奥さんにもご理解いただけたでしょうか。 人間ひとりひとりがみなちがうように、在宅労働者の人生もいろいろ、お仕事もいろいろなんでございますよ。 #
by red_95_virgo
| 2012-10-03 23:44
| works
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2012年 09月 26日
「本書では太陽占星術に加え、心理学、数秘術、恒星占星術などの要素を総合的に分析。366日すべての日の基本的な性格・適職・恋愛・人間関係についてくわしく解説しました。また、運命の人やソウルメイトなど、深い結びつきのある誕生日との相性占いも掲載。自分自身はもちろん、恋人、家族、友人など、あなたに関わるすべての人をより深く知る手助けになります。」(カバーより) 2005年発売の『誕生日大全』(サッフィ・クロフォード+ジェラルディン・サリヴァン著、主婦の友社)のリニューアル愛蔵版。 9月14日に初版が出たばっかりです。 税込2940円というけっこうなお値段ですが、832ページというヴォリュームに文字がぎっしり詰まってるし、読みものとしても愉しめます。星の話とか数の話が無闇とお好きな向きにはおすすめ。 9月5日生まれ(=自分)のとこにはどんなこと書いてあるんだべと、いの一番に読みました。概ね当たっています。さらにこれなんか、 人々はあなたに助言を求めて寄ってきますが、あなたが困っている時には手を差し伸べてくれない宿命にあります。 モノスゴク当たっているんではないかと思います。 ほんとうに困っていてもそれを口に出さないから助けてもらえないんじゃないの、と仰る向きもありましょう。でも幼少期からいまに至るまでの経験から、言ったところでほらやっぱしスルーじゃん、という諦観もあるんです。なのでもう口に出すのもやめちゃってるとこもあって。あんまり良いことじゃないのかも知れないけど。 世を拗ねたり犯罪に走ったりしてないだけましだよ、と自分で自分に手を差し伸べてみたり。 でもだから、なんにも言わないのに思いがけなくやさしくしてもらったりしたときは、それはもう、天にも昇るくらい嬉しかったりするんですよ。それもあんまり口に出さないが。 誕生日による相性占いてのがなかなかおもしろいです。 自分、9月5日生まれの場合は、こんなひとたちだそうです。 【恋人や友人】 1月3、5、9、10、18、19日/2月3、7、16、17日/3月1、5、6、14、15、31日/4月3、12、13、29日/5月1、10、11、27、29日/6月8、9、25、27日/7月6、7、23、25、31日/8月4、5、21、23、29日/9月2、3、19、21、27、30日/10月1、17、19、25、28日/12月13、15、21、24日 【力になってくれる人】 1月1、6、17日/2月4、15日/3月2、13日/4月11日/5月9日/6月7日/7月5日/8月3日/9月1日/10月31日/11月29日/12月27日 【運命の人】 3月3、4、5、6日 【ライバル】 1月2、16日/2月14日/3月12日/4月10日/5月8日/6月6日/7月4日/8月2日/12月30日 【ソウルメイト(魂の伴侶)】 1月11、31日/2月9、29日/3月7、27日/4月5、25日/5月3、23日/6月1、21日/7月19日/8月17日/9月15日/10月13日/11月11日/12月9日 思い当たる方は、なんかあったら手を差し伸べてくださーい。 ちなみにえー、北村有起哉さんとジョニー・デップさんは「恋人や友人」、橘高文彦さんは「力になってくれる人」、松山ケンイチさんは「運命の人」、菊地英二さんが「ライバル」で、降谷建志さんとチャン・ドンゴンさんと宮藤官九郎さんと井浦新さんが「ソウルメイト」です。 ドンちゃんがソウルメイトだったかあ。『無極』素通りできないのはそのせいだなあ。 ちなみにえー、10月8日生まれの吉井和哉さんからみると9月5日生まれの私は「ライバル」なんだそうです。なにそれもう笑うしかNAI。 #
by red_95_virgo
| 2012-09-26 00:59
| 占い猿
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2012年 09月 19日
松屋銀座で絶賛開催中の「ベルサイユのばら展」に行ってきました。
![]() 平日なのに、いや平日だからというべきか。 会場はたくさんのマダム&マドモアゼル(とムッシュー2名ぐらい)で賑わっていました。 いまから思えば驚くべきことですが、『ベルサイユのばら』という作品は連載期間2年、全82話で完結しているのです。 たったそれだけのヴォリュームなのに、この密度の濃さ、物語のこの豊饒さはどうしたことでしょうか。 そういうものをたった24歳で(いろいろなものと闘いながら)描ききってしまった池田理代子先生の偉大さ、そういうものをあたりまえのように、浴びるが如く享受していたロウティーンの自分の幸福を思いながら、会場を歩きました。 原画がたくさん展示されていましたが、観るというよりやっぱりどうしたって「読む」になってしまいます。するとやっぱりどうしたってどっぷり感情移入してしまい、涙をこらえること数度。 『ベルサイユのばら』は熱い漫画だと思います。 愛の熱さ。革命の熱さ。人間と人間がガチでぶつかるときに生まれる、肉体と肉体が、思いと思いが軋みあう熱さ。流される涙と血の熱さ。 みっしりと描かれる深紅の熱さを求めて、なけなしのおこづかいを握りしめて毎週毎週、週刊マーガレットを買いつづけたほかならぬ自分の熱さ。 理代子先生はインタヴューで、 「当時リアルタイムで読んでいたファンというのは思い入れが違いますよね」 とおっしゃっていますが、その時代に、その年齢で出逢ったからこそスパークするものというのはやはりあるんだなあと。『ベルサイユのばら』に限らずですが、「漫画」という表現についてはとりわけその感を強くします。「育ててもらった」という気持ち。どんなことにも、良くも悪くも熱くなれる人間に育ててもらった、その恩義のようなもの。 枯れない奇跡の深紅の薔薇を胸に、歩んでゆける自分であることにいま、心の底から感謝したいです。 19歳のときに出逢った友人と久方ぶりに再会して、共にこの展観をみてきたんですが。 互いに年齢を経て、大きい病気したりもして、さらには2011年3月11日も越えて、でも逢った瞬間に当時そのまんまの熱さと萌え(そのころは「萌え」なんて用語も無かったですが)を共有できてしまうというのもすごく嬉しかった。 「縁」などと簡単にいいますが、ひとりの人間につながる糸の数はさほど多くは無いように思います。 数はすくなくても、いまの私に持てるつながりというものに縒りを掛け、磨きをかけて、強いものに練りあげていくことも、この先はたぶん、愉しんでいけるんじゃないかなという気がした。 それもまた『ベルサイユのばら』からの贈りものかも知れません。 ![]() ![]() 展覧会のおたのしみ・グッズ売り場がこれまためくるめく薔薇園状態。あれこれ見てるうちにぐったりしちゃって、結局ビジュアルブック(図録)とポストカード数点くらいしか買えませんでした。 王太子ルイ・ジョゼフが死んだときに国庫がからっぽだからお葬式も出せませんといわれたアントワネット様じゃないけれど、 「お金が…ない…!?」 つうのも紛う方無き冷厳な事実だが。 国庫にお金のある向きは、心ゆくまであれもこれもなにもかも、お買い上げくださいませ〜。 #
by red_95_virgo
| 2012-09-19 18:13
| おでかけ
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2012年 08月 01日
ふと思うところあって先月、ラピスラズリのブレスレットを買いました。
するとやっぱり浄化のための水晶もほしくなって、それらを物色してるうちに目にとまった水晶の勾玉なんかもうっかりほしくなって。 勾玉といえば三種の神器のひとつだ。マジカルなアイテムです。せいぜい張り込んでスペシャルでかっこいい綺麗な名前をつけてやるんだぜー、と虎視眈々でした。 しかしブツが来てみたらこれが想定の斜め上を行くでかさ(頭からしっぽまで4センチメートル弱)。 リウイエさんなみにでかくってコロコロしてるねきみはと思いつつ、ふと口をついて出た呼びかけが、「コロちゃん」。 あっしまったリウイエさんなみとはいえさすがにわんこじゃねえよこれ勾玉だから! と臍をかんでもあとのまつり。 ご存じのように名というものは呪(しゅ)ですから、一度そう呼んでしまったものはもうその名(というか音?)に縛られて、「そういうもの」になってしまうのです。 なのでもうこの子は「コロちゃん」以外のなにものでもなくなってしまいました。 とはいえ「コロちゃん」だけだとシンプルすぎるしちょっとかなしいし、やっぱ諱(いみな)があったほうがいいべと思って、諱もつけました。 「コロ助」です。 ![]() 『キテレツ大百科』(好きです)のコロ助が、じつは幼くして亡くなった奇天烈斎様の息子さんをモデルにしてつくられたロボットである、ということを皆さまご存じでしたか? 私はおとといウィキペディアを読んではじめて知りました。天馬博士とアトムみたいなんだね。ちょっとせつないナリよ……。 うちのコロ助さんはロボットじゃないので、なんか日々、成長しているようにも思えます。そのうち口をききそうなかんじに、だんだんなってまいりました。 仕事してるときはPCのかたわらで、うなじを見せて寝ています。 ![]() なにやらゴージャスな敷物的なものを敷いているかのようですが、中華なお友達にいただいたコースターです。 そして、池蝶貝(=淡水真珠の養殖用の母貝)の貝殻(底に真珠がくっついている)に水晶のチップスとタンブルを敷いて原石を並べ、夜のベッドをつくりました。 わ、すごい。クリスタルパレス。王侯貴族のようじゃないのコロ助のくせに。 ![]() べつにコロ助専用でもなくて、ほんとはラピスさんのベッドなんだけどね。 太極をあらわすマークは勾玉ふたつを組み合わせたようにも見えますね。 だったらもうひとつ買って陰陽和合にすっかと思っていたら、にんにんさんから翡翠のちっちゃいのをいただいてしまいました。コロ助おおよろこび。 ![]() さっそく同衾してみたり。 ところで、「コロ」という音ですが。 実はこれ、古事記冒頭にも出てきます。伊耶那岐と伊耶那美が天つ神に「この漂へる國を修め理(つく)り固め成せ」といわれるくだり。 二柱の神、天の浮橋に立たして、その沼矛を指し下ろして書きたまへば、鹽(しほ)こをろこをろ(許袁呂許袁呂)に書き鳴らして引き上げたまふ時、その矛の末(さき)より垂り落つる鹽、累なり積もりて島と成りき。これ淤能碁呂嶋(おのごろじま)なり。 「コロ」をふたつ重ねて、海水を掻き鳴らす音をあらわしているんですね。偶然の名付けとはいえ、あながち勾玉と無縁でも無かったっつう。 #
by red_95_virgo
| 2012-08-01 12:13
| 腰巻横町便
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2012年 07月 24日
前にも書きましたがガソリンの件。
しのぎやすいを大幅に踏み越えてもはや寒くてブルブルしていた週末から一転、今日からふたたびあっつあつになってきましたが、たとえ朝っぱらから30度超えのご陽気だろうと、わたくし自宅ではあっつあつのコーヒーしかいただきません。 アイスコーヒー或いは冷コー若しくはコールコーヒーという、冷たくしたコーヒーは、お店ではいただきますが自分ではつくらない。つくるのがめんどくせえというのもある。お店で飲んだほうがおいしいし。というよりも、ガソリンはあっつあつでいただかないと自分のエンジンは点火しないのです。 日々愛用しているコーヒーカップは以下のふたつです。 ![]() ![]() 白いのは、DEAN & DELUCAモーニングマグ ミルクホワイト。 琥珀色の硝子のは、地元商店街の「伯樂硝子」さんで購入したアデレックスのカップ&ソーサー(オリジナル)。 DEAN & DELUCAのモーニングマグは、グッゲンハイム美術館のグッゲンマグの次ぐらいにすきなんですが、ちょっと古くなってきちゃったし(漂白しきれないしみなんかがある)、新しいのが欲しいなあなんて思ってて。んでこの際気分変えてみようと、キャラメルイエローのを買ってみたです、昨日。 そんで、うきうきしながら今朝、コーヒーを淹れてみたです。 ところがこれがだめだった。 コーヒーの色が映えなかった。 淹れたコーヒーがまったくおいしそうに見えなかった。マグのイエローに負けてしまって。事実おいしく飲めなかった。 だいすきなコーヒーなんだから、味さえちゃんとしてりゃあ器はなんだって良い、というもんじゃぜんぜんないのでした。 だいすきだからこそ、朝いちばんにマグのなかでたゆたう悪魔のようなあの黒を目で味わってはじめて、私のエンジンは点火されるのでした。 そのためにはやはり器は白、またはオフホワイトの、装飾の無い、持ちごたえのあるカップがいちばん良いらしい。 とはいえキャラメルイエローのもそれはかわいいですし、せっかく買ったものなので、スープ用とかに使わせていただきます。 いっぽう、アデレックスの琥珀色の硝子に淹れたコーヒー。 日常使いのマグとはまた違う趣、黄昏の一瞬の儚さみたいなもの、が生まれる。 そもそもなんでこれが欲しかったかといえば、らぶーな中華演員2名が出てる『画魂』という素敵ドラマで、画家志望の男の子・田守信(リウ・イエさん)が自分のアパートメントでそういうカップをさりげなく使っていたから。 『画魂』は張叔平(ウィリアム・チャン)というものすごく美意識の高い香港のアートディレクターが美術を手掛けていますから、守信に琥珀色の硝子のカップを使わせたのも彼のセンスによるのでしょう。 これはドラマで守信が使ってたのとは形が違うけど、そこはそれ、気は心つうことでございます。 伯樂硝子さんは行くたびにキラリと光る掘り出し物がみつかるお店なんですが、これはほんとに胸が躍ったお買い物でした。 #
by red_95_virgo
| 2012-07-24 20:22
| 腰巻横町便
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2012年 07月 03日
中国にある妾宅に行ったっきり帰ってこない旦那状態になっておりました。気づけば3ヵ月も放置という天地開闢もといブログ開設このかたかつて無い事態で、すみませんでした。梅雨だつうのにテンプレも雪の模様のまんまでした。それもこれもなにもかも、火星のせいでした。
昨年11月11日に火星が乙女座にやってきやがって、8ヵ月も居座りやがって。 本日7月3日を以て漸う天秤座に行っちゃってくれました。 火星がおとめ座に入っている間、あなたは来る日も来る日もプレッシャーにさらされていました。このパワーの惑星があなたの星座に入ったのは昨年の終わりごろですが、そのおかげで自分が強くなったようにはほとんど感じていないことでしょう。むしろその逆で、この惑星はあなたに、想像しうるほぼあらゆる種類のストレスを味わわせ、そのようなストレスに対処する心理的メカニズムを身につけることを余議なくしました。 おっしゃるとおりよジョナサン。 ま、ストレスばっかじゃないけれど。 楽しいことや嬉しいこともそりゃたくさんあったし、新しいご縁も生まれたんですけれど。 でも、パワーは必要以上に出るのですが、自分のパワーがまわりまわって、結果的に自分を傷つける方向へ作用する、というようなことがいくつかありました。 生来の奉仕体質なので、あらゆるものを惜しみ無く放出してしまい、それで報われたいとか見返りが欲しいとかはまったく思わないんだけれど、まあなんつうか梯子外されたような気持ちになることがあったりもします。その最たるものが先月頭にあってびみょうに人間不信になりかけたので、自衛のためにいろんなことを「閉じる」方向に動きました。宇宙直結の感受性アンテナなもんですから、むやみと開いてばっかだと、良いものも良くないものも取り込んでしまう。結果、「わたし」という器がこわれる。 気持ちと身体が直結の乙女座は、気持ちがまだまだだいじょうぶと思っていても、ぜんぜんだいじょうぶじゃないよということを身体が証明してくれるんですね。 火星が「そろそろ移動すべか」と重い腰上げかけた先週あたりから、そのへんがあきらかになってきました。(一部のお友達にはひっそりとお伝えしていますが、そういうような事態です。) ま、それもこれも火星のせいでした。火星に責任なすりつけとけば、火星さえ行っちゃってくれりゃあ、 すうっと気持ちが晴れていきます。 石井ゆかりによればそういうことになるらしいんですが。 ストレスやプレッシャーにさらされているときは、むしろ気持ちを研ぎ澄ませて、アグレッシヴに立ち向かっていけるものです。 それらが「すうっと」消えかけた瞬間こそがやばいんだな、という気もします。 算命じゃどのみち6月7月は天中殺。 陰にこもらず、だれのせいにもせず、努力や精進は怠らず、しかし見境無く「開く」ことはせず。 しばし、そのようなモードは続きそうです。 #
by red_95_virgo
| 2012-07-03 10:06
| 占い猿
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2012年 04月 03日
生まれ日の干支が庚寅(かのえとら)という金属の性。
太陽宮は「土」のエレメント乙女座。 九星でいえば五黄土星。 だからか「鉱物」というものがそれなりに好きです。 「リビアングラス」というものを手に入れました。 天然ガラス(=テクタイト)なので「石」といっていいのかよくわからないのですが。その起源も、太古の時代の隕石衝突によって生まれたとか、諸説あってはっきりしません。ツタンカーメンの胸飾りのスカラベがじつはリビアングラスだったとか、古代エジプト人も崇めた神秘のパワーがあるだとか、昨今かなりの人気のようです。 以前からすごくほしいと思っていたわけでもなく、仕事の合間にネット漫歩していたら某ショップさんで入荷したばかりのチャームをみつけて、なんかわかんないがちょっとこれほしい気がするわ、と思ってぽっちりしてしまったのでした。 ご縁のうちだと思います。 そのように自分の場合お買い物はいつも直感勝負なので、それなりのお値段だっても「ま、しょうがねえか」と思うのですが、それにしたってそれなりのお値段なのに届いた現物はあまりにもちっちゃく(小指の爪くらい)、そしてテクスチャーがあまりにも儚く頼りないかんじだった。 こんなんでだいじょぶなのかと思いながら、着けてみました。 着けて数分したらものすごく重くなりました。 なんか誰かに肩からぎううっとされてるみたいなかんじ。 「うううう重てえ吐く吐きますから許してくだせえお奉行様」みたいな。 数時間経ったらなんともなくなりました。 リビアングラスはとても脆いと聞いていたし高いものだし、寝るときに着けてて壊れたらいやだから一度はずして寝て、翌朝着けたらまたしても、「うううう重てえお奉行様」になりました。 そしてやっぱり、しばらく着けているうちに、なんともなくなるのです。 調べてみると、パワーストーン業界ではそういう症状を「石酔い」と呼ぶようだ、ということがわかりました。 リビアングラスは石酔いを呼びやすいのだそうです。 買ったショップの解説を読むと、 リビアングラスは、今世での使命・目的を達成する道を示唆してくれる石です。 なんだかものすごいのよ。 カルマの深いひとのところに縁づく石でもあるそうだ。 ま、「うううう」になってもしょうがないかもな。 ちなみに、届いた翌朝いきなり「レッドさんが明け方の夢に出てきました」というメールをいただいて、びみょうに怖いかんじにもなったりしました(笑)。 届いて5日目の今日は春の嵐で気圧がおかしいせいなのか、朝から呼吸をするのもつらいほど胸郭が痛かった。 昼近くなって、嵐がちかづくにつれて痛みはどんどんひどくなって、こりゃ病院行ったほうがいいかと思ったけど、藁にもすがるかんじでリビアングラスを握ってみたら、10分ぐらいでするりとおさまりました。 付き合い方がまだよくわかんないし、自分にとって良いものかそうじゃないのかも見極められないのですが、なんかおもしろい石です。 何度写真撮ってもボケボケになっちゃうのですが(波動っぽいのが出てて)、さっき撮ったらいきなり神々しいかんじで写ってくれた。 ![]() きれいだわ。 ありがとう。 #
by red_95_virgo
| 2012-04-03 22:18
| 占い猿
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2012年 03月 21日
去年は中国で少林拳の修行なさってたかと思ったら、この春、北村一輝さんてばこんなことになってんのよちょっと奥さん。
![]() いつもながら青がとってもお似合いです。 でもなんか、えらい若返ってませんか? ていうかなんか2007年子鹿ドラマのホールの男芸者なひとが思い出されませんか? 自分だけすか目頭がアツくなっちゃってんのは……。 そして中国語のほうはこちらさまがナビ。 ![]() 冬冬こと李振冬こと阿部力くんです。 2011年秋に放映された『長江 天と地の大紀行』というドキュメンタリーのレポーターがすごく良くって(感想文→■)好感度急上昇な阿部くんが中国語。 黙って立ってりゃローマ人・北村さんがイタリア語。 ええ仕事だ協会。 #
by red_95_virgo
| 2012-03-21 16:40
| 北村一輝
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2012年 03月 14日
納豆とヨーグルトと卵とバナナと。
常備食材であるそれらの調達がまったくできなかった。 パン売り場からパンが消えて、カステラばかりになって、カステラもやがて消えた。 1ロールしか残っていないトイレットペーパーをどうやってもたそうかと、ちみちみ考えていた。 頻繁に起こる余震がおそろしくて、4月過ぎるまで風呂に浸かれなかった。 暖房をつけなかったので(輪番停電からは外れていたのだが自分の住むエリアは)なんかいつもさむかった。 太陽の軌道が高くなって、11月から2月終わりまで日が入らない部屋がやっとあったまって、あああったかいなあ嬉しいなあとしみじみする季節だった筈だが日差しの記憶が無い。 生来あまり物事に動じない人間が、動じまくっていたらしい、一年前のいま時分だった。 恐怖とか不安とか悲しみとかを分かち合って楽になれる。そういう同居人のいない状態で、まあまあどうにか持ちこたえたなあと思う。零したい愚痴。垂れたい泣き言。そうしようと思えばやすやすと発散はできたが発散すればますます楽になれない性分だから胸ひとつに溜めるしか無い。溜めたものが毒にかわるか。溜めたものを発酵して肥やしにするか。山のようにあったそれらを言葉にしてだれかに投げつけてそれで終いにしないでほんとうに良かったと一年経ったいまはそう思う。 7月に東北でいろいろな景色を見て、帰ってきて、帰ってきたときはやはりなにがしか語るべきだろう語らなくてはと思っていたが、結局しなかった。 「言ってしまう」容易さを選びたくなくなった。 言葉を発しないと死んでしまう類の生きものだから、いずれきっと、そういう自分のなかのどろどろが、なんらか物語のような体で、何処ぞに出ていくのだろうけど。 美々しくなくても良いから、どっかすみっこに咲く花くらいなかんじで風に揺れてたら良いな、と思っています。 台湾。 對您衷心表示感謝。 #
by red_95_virgo
| 2012-03-14 02:46
| 腰巻横町便
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2012年 03月 03日
4年に一度の閏日につもった雪を跡形も無く溶かしてしまうほどのご陽気から一転、ずっしり暗い空からつめたい雨がびしょびしょ降った昨日。
愛してやまぬ画家、オディロン・ルドンに逢ってまいりました。 そんな陰鬱なお日和なのに、善男善女のみなさんで場内けっこうアツいかんじになっていました。展観がこの日曜で終わってしまうからかもしれません。実際私もなんだかんだで駆け込みになってしまいました。でも、ルドンは待っていてくれました。 エレベーターで展示室のある3階へ上がって、ドアが開くとそこにはいきなり最愛のひとが ![]() Odilon Redon Profil de lumière 本展観の垂れ幕的なもののなかで、楚々とした風情で、イメージガールをやっておられました。 思へば逢ひ初めし十七のころは、このひとの美しさをいくらどんだけ力説したってだぁれもわかっちゃくんなかった。哀しい青春でした。それがいつのまにかこんなにメジャーになっちゃって。だけど気持ちは十七のまんま、変わっていません。このひとの前を行きつ戻りつ、矯めつ眇めつしては、目うるませてためいきついてる私は、善男善女のみなさんのなかではやっぱりちょっと変態さんでした。 展覧会は、第1部が「ルドンの黒」、第2部が「色彩のルドン」、第3部が「ルドンの周辺──象徴主義の画家たち」という構成です。構成的にも内容的にも、「ルドンの画業集大成」的なものからははるかに遠いと思います。 まあちょっと中途半端なのです。 タイトルからして「ルドンとその周辺」なので、ルドンに交じってギュスターヴ・モロー、エドヴァルト・ムンク、ポール・ゴーギャン、マックス・クリンガーなどの作品も展示されています。どなたも普通に好きなアーティストだし、たとえばマックス・クリンガーの「手袋」シリーズのこれとか ![]() Max Klinger A Glove:Abduction だいすきなんですが。 でもルドンを観て、他の画家の作品がいくつかあって、またルドンに戻って、また他の画家の作品が──という流れは、どうもなんか、あっちこっちで気持ちがぷつぷつと跡切れてしまうのでした。 自分だけなのかしら。 自分がルドンを好きすぎて、ちょっと頭が変なせいなのかしら。 要はだいすきなアーティストさんのライヴはイベントとかフェスじゃなくてワンマンでがっつり観たいんだよと、いうことです。わがままだよと言われりゃそうなのです。オディロン・ルドンという画家は、それほどまでに私に集中とか没入とか惑溺を強いるのです。 とことん孤独かつ排他的であれ。 しんそこ愛するものならだれとも共有などせぬが良い。 といわんばかりに。 その点、ルドンは吉井和哉さんに似ているのかも。 というか自分がなにものかを本気ですきになるって、きっとそういうことなんだなと思います。 中途半端と言ってしまいましたが、三菱一号館美術館にしてみれば「グラン・ブーケ(大きな花束)」のお披露目が本展観の目的なのであるから、それ以外はさらっとでいっか、みたいなかんじなのかもな。違ってたらすいません。 そしてこれがその「グラン・ブーケ」です。 ![]() Odilon Redon Grand Bouquet ルドンの絵というのはどれもあまり大きくないのですが、「グラン・ブーケ」は頭抜けてでかい。 ちょっと、いろんなものの目安が狂うくらいでかい。 横162.9センチ×縦248.3センチ。横寸だけで私の身長ぐらいです。もともとドムシー男爵のお城の食堂を飾る壁画として制作されたのだからでかくてあたりまえなのですが、「花瓶にいけられた花」といういくらなんでもそこまででかくはないものを、本来のサイズをはるかに超越したでかさで描くというのはやっぱりなにかちょっと狂っているというか、常軌を逸している気がします。 あまりにも巨大な花瓶と、巨大な花たちに見下ろされる。 でもこわくない。 ルドンの描く花の絵が昔から私はこわかった。 不気味なものどもが跳梁する黒い絵たちのほうが、よほどあたたかく慕わしかった。 なにもない茫漠のなかに浮かぶルドンの花々は、その極彩色に反して、いえ極彩色だからこそ、不穏で不吉で邪悪なものを花弁の向こうに隠し持っているように見えて、みつめていると戻ってこれなくなってしまいそうで、こわくてたまらなかった。いまはそうでもなくなりましたが。 「グラン・ブーケ」にはそういう禍々しいものが感じられませんでした。 花瓶という青い宇宙から素直にあふれこぼれる花々、ただそれだけでした。 切りとられいけられた、根を持たない花たち。いつかは萎れ、花瓶の水はよどみ、腐る。花も私たちも命というものは刹那。それでもその刹那はこんなにあかるくて愉しい。さざめき、笑い、風が渡れば風に揺れ、雨が降れば濡れる。 そうやっていつか枯れればいいんだよなあ、と思います。 なにかこれはどっかで見た景色だなあとかんがえていて、ああ伊藤若冲の「樹花鳥獣図屏風」だった、と。 「グラン・ブーケ」は三菱一号館美術館の収蔵品になったので、本展観が終わっても、逢える機会はまたあるでしょう。いますぐお逢いしときたいという向きは、会期は明日までなのでどうぞ丸の内へダッシュしてくださいませ。 ●三菱一号館美術館公式サイト→■ 美術館を出たあとは併設の「Café 1894」でいっぷく。 明治のころの銀行の営業窓口を復元した重厚な天井をもつ吹き抜けのホールで、ルドン展限定の特別デザート「ふわふわチョコロール」というのをいただきました。 ルドンのリトグラフ、お馴染みの「蜘蛛(Araignée)」(下左)をロールケーキで表現してみましたどうですか、というものなんですが 「似てる似てないはおいといてまあ気持ちはわかりますよ」的な?すみません……。 蜘蛛嫌いなひとは「げげ」かもしれませんがルドンらぶーなひとならばきっとおいしくいただけると思います。 あ、これも明日までのメニューなのかしら。 蜘蛛ちゃんロール食いたい向きもダッシュすべし! 【ルドンについての由無言】 ●誘惑者。 ●誘惑の、Les noirs de Redon。 ●横顔王子。 #
by red_95_virgo
| 2012-03-03 12:15
| art
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2012年 02月 22日
といっても自家用車をもっていたりするわけではないのです。
コーヒーのことです。 煙草は10年くらいまえから吸わなくなったし、酒もやめろといわれればやめられる。と思う。たぶん。まあなんとなくそんな気がしないでも無い(笑)。しかしコーヒーはだめかも。 「コーヒーをおいしく飲めない」=ものすごーく体調が悪い。寝込む寸前の事態。 「コーヒーをおいしく飲める」=元気に活動ちう。 のようなバロメーターで生きています。 これすなわちカフェイン依存ではなかろうか、という気もします。 しかし「飲まないと調子悪いけど→飲めばたちまち改善」という、劇的ドラッグ的効果があるわけでもないのです。単においしいと思うから飲んでいるのです(酒もそう)。そして一定量飲めば「もう要らないや」になって、自然とストップがかかります。 なんでこんなことをいまさら書いているかといえば。 昨日、カリモク60のKチェア2シーター下見にトレッサ横浜に行って、ローズさんとランチして、ぶらぶらしてるとき、たまたま入ったコーヒー屋さんで見るともなしにコーヒー豆の値段をみていました。 「500円」と書いてありました。 あ、100グラム500円か。 とおもってよく見たら、「200グラムで500円」でした。 自分、200グラム900円超の豆を湯水の如く常飲しています。 コーヒー豆なんて、通常そんなくらいのお値段だろうと思っていました。 ローズさんに200グラム900円は贅沢だわといわれて、ちょっと目が覚めました。 海外旅行も行けない、お稽古事も出来ない、流行りのお洋服もバッグもアクセサリーも買えないびんぼう在宅職人のくせしやがって、とんだコーヒー豆セレブかと。 自分じゃあたりまえと思ってることって、あんがいあたりまえじゃないんだな、と。 でもね。 200グラム900円の豆からざっとコーヒー14〜15杯分ぐらい抽出できるわけさ。 1杯が64円くらいです。 一日4杯飲んだって250円強です。 ひきかえスタバのたいしておいしくなryドリップコーヒーがショート1杯300円。 毎日スタバでコーヒー飲んでるひとのほうがよっぽどセレブ(違 セレブはともかく、要は己という生命体を活動させる燃料として、なににお金をかけるかということでした。皆さまそれぞれおありでしょう、ここだけは譲れない、ここだけは悪いけど贅沢さしてもらいます、というアイテムが。 私の場合はコーヒーかもしれない。 たとえば安いけどおいしくないコーヒーを「おいしくないなあ」と思いながらがまんして飲んで節約したお金で海外旅行に行くとか、ブランドもののバッグを買うとか、そういうのはまずありえない。「コーヒーをおいしく飲むという日常」がちゃんと回っていない状態をつづけていては、非日常を経験したときにも、自分というものがきっちり愉しく機能しないんじゃないかという気さえする。 5年くらいまえに、「貧乏茶」ということについて書いたんですが→■ 最近、「もてなす」ということについてよく考える。他人をもてなす、愉しませることができるひとというのは、それ以前にまず自分をもてなし愉しむことに長けているひとではないかと。 もてなし上手=もてなされ上手なのかなと。 なのでまあ、不遜なことをいえば、私は私をちょっとセレブなコーヒーで以て日々もてなしている、ということなのかもな。 そしてもちろん、どなたかに淹れていただく1杯のコーヒーも、私というものの燃料になることはまちがいないのです。 #
by red_95_virgo
| 2012-02-22 11:53
| 腰巻横町便
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2012年 02月 03日
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by red_95_virgo
| 2012-02-03 14:15
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2012年 02月 02日
いまのお部屋に引っ越して以来4年ぶりの大お片付けを敢行しました。というような事情で→■
台所雑貨層の発掘をしていたところ、90年代の遺物発見。 ![]() 吉井和哉さんのオートオープナー。 要は栓抜きです。「オート」とかふかしてますがおおうそです。マニュアルじゃなければ動きません。 『吉井和哉のオールナイトニッポン』でお葉書を読まれたひとがもらえるノベルティでした。当時、お友達のローズ・セラヴィさんがお葉書読まれる常連さんで、彼女がいただいたもののお裾分けです。彼女のおうちにはこれが、そうさな、ざっと百個はあるんじゃないでしょうか。知らないけど(笑)。 これも90年代の遺物です。いつも座右に置いています。 ![]() “JAM”のPVの冒頭で、真っ赤ないちごジャムの海にどろどろと呑まれてしまう町。 いくつものちいさいおうちたち。 実際の撮影に使用された、そのおうちです。 1996年5月、ペチコート・レーン(=イエロー・モンキーFC)のロンドン旅行に行ったとき、パーティーでイエロー・モンキークイズ大会(イエロー・モンキー関係のトリビアに答えるやつ)というのがありまして。私は第2位に入賞しまして、その賞品としてこれをいただきました。 3ついただいて、そのうちひとつはオートオープナーの御礼に(ははは)ローズさんへ、もうひとつは別のお友達に差し上げて、手許にはこれが残っています。 すっかり色褪せてしまいましたが、屋根の色はみどり。 あとこれもいつも座右で愛でている。 お仕事関係でいただいた某書籍のPOP。 ![]() このバンドを撮影した写真は山のようにあって、素敵な写真も山のようにありますが。 宣伝用の小品ながら、当時のこのバンドが纏っていた空気感というものを見事に封じた一葉、という気がします。何度みたって見飽きない。 とくに吉井さん。 私のなかで吉井さんは、当時からいまに至るまでずっと、こんなかんじで私を挑発しつづけています。 ロックスターと呼んで良いのは、こういう顔をした生きものだけです。 #
by red_95_virgo
| 2012-02-02 11:53
| 吉井和哉
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2012年 01月 27日
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by red_95_virgo
| 2012-01-27 16:04
| 腰巻横町便
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2012年 01月 21日
2012年 01月 18日
本日1月18日は二の寅です。
厩戸王子が物部守屋討伐の戦勝を祈願し、それに応えて毘沙門天が顕現されたのが、寅の年、寅の月、寅の日だったそうです。毘沙門天ご自身が寅の年、寅の月、寅の日にお生まれになったともいわれます。なので寅の日はご縁日。 お仕事の納品の帰り道、神楽坂の善國寺さんにおまいりし、御開帳されている毘沙門天さまにお逢いしてきました。 1月の初寅と二の寅、あとは5月と9月の寅の日にしか御開帳なさらないので貴重な機会です。何度もおまいりしていますが、こうしてお逢いするのはじつははじめてだったりします。寅・寅・寅にちなんで「寅毘沙」とお呼びするのは善國寺さんだけなのかしら。とらびしゃ。なんだか響きがかわいいですね。こちらのお寺さんでは毘沙門天の御神使の虎が狛犬に代わって本殿両脇に控え、あたりを睥睨しています。 先々週の初寅のときは、運慶作と伝わる地元の毘沙門天さまの御開帳に行ってきました。こちらさまもいつもタイミングが合わなくて、今回がはじめての逢瀬。めっちゃくちゃかっこええ男前の毘沙門さまで、ぽぉっとなっちゃいました。 年明け早々、だいすきな毘沙門さまにダブルでお逢いできるなんて、なんかちょっと、こいつは春から縁起がええかんじだわ。 縁起がええついでに新しいお財布をおろしました。 風水的には、寅の日に新しいお財布を買ったり使いはじめたりすると金運が上がるといわれています。 気に入るとしつこくしつこく使いつづけるので、お財布ももう10年以上もおんなじのを使っていました。ほんとうは3年くらいで買い替えるほうがいいんだってね。 春節になったら新しいお財布に入れる呼び銭探しに中華街行ってまいります。 #
by red_95_virgo
| 2012-01-18 15:43
| おでかけ
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2012年 01月 01日
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by red_95_virgo
| 2012-01-01 14:42
| 腰巻横町便
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